そして、福井県に来て、2日目。
WordBench福井は午後から、ということで、午前中は永平寺に行きました。
実は、自分は永平寺のことはよく知らなかったのですが、行き掛けに車の中で聞いた話では、「禅」で有名とのことでした。
実際、永平寺のある町は、「永平寺町」ということで、町の名前にもなっているので、歴史があるんだろうなと思いました。
東京から夜出発組と、ホテルの前で合流して、東京組は8人になりました。
この日は朝から雪が降っていて、道路にもすぐ雪が積もるということで、公道は、雪を溶かす水がずっと出ていました。
よく見ると、道も中央が少し高くなっていて、水が両端まで行くようになっている気がしました。
こういうインフラを整えるのにも、予算が随分掛かっているのではないかなぁと思いました。特に今年は大雪ということで、大変なんじゃないかと思ってみました。
永平寺に着いても、変わらず大雪でした。
永平寺近くにお店を出している人に聞いたら、この大雪は例年に無いとのこと。
観光客も少なめでした。もっとも観光シーズンは冬ではないのだと思いますが。
そんな中でも通り過ぎる観光客の話す言葉が中国語だったりしたので、海外からの観光客は、こういう日本の歴史的な建造物に興味があったり、観光コースになっているのかもしれないなと思いました。
交番が埋もれていました。やはり雪が凄いみたいです。
永平寺の入り口。人が通っていないと幻想的ですね!
永平寺の全景図。
中に入って案内人のような人に聞いたら、手前側は観光客用に近代的な建物になっていて、奥の方は修行僧の人が今でも修行している建物ということで昔から変わっていない建物ということでした。
雪の中のオデさん。写真を撮ったのですが、雪が凄くて、誰だか分からない感じになってしまいました(笑)。
永平寺の中に入って、見学しました。
案内で、中は、写真を撮ることは自由だけど、フラッシュは使わないでください、という注意がありました。
永平寺の傘松閣の天井絵です。
昭和初期に有名だった画家144人に依頼して、230枚、それぞれ別の絵を描いてもらって、それを天井に貼ったみたいです。
画家を144人って、凄いですね。
掛け軸もありました。説明を聞き逃したのですが、有名な人が書いた有名な掛け軸みたいです。
階段も趣のある感じでした。
途中、修行僧の人と、何人もすれ違いました。
物凄く寒い気温だったのですが、その中でも、修行僧の人によって、裸足だったり、足袋のようなものを履いていたりで、もしかして、体育会的に、修行したての人は足袋を履けないとか、そういうのがあるのか、それとも人それぞれの自由なのか、ふと気になりました。
永平寺の中で、いったい何人の人が修行しているんだろう?とも思いました。インターネットで検索してみても、あまり情報が出てこなかったので、もしかしたら非公開なのかもしれないなぁと思いました。
すれ違う修行僧の人は同世代くらいの人も多かったので、携帯電話を持っているのかな?インターネットをすることは出来るのかな?給料などはどうなっているんだろう?とか、色々と考えてみたのですが、修行僧の人に話し掛けてはいけない決まりみたいだったので、すれ違っても聞けませんでした。
そう考えると、修行僧の人の生活って、一般の人の日常とは異なるはずで、興味のある人も多いと思うし、「永平寺修行僧ブログ」というのを情報発信したら、関心を持つ人が増えて集客に繋がるのではないかと、ふと考えました。
永平寺の大すりこぎ棒というのがありました。
とても大きくて、何に使うんだろう?と思って、事後的に調べてみたら、「仏殿が改築された時に使われた地突き棒を丸めて残したもの」だそうです。
一緒に見た誰かが、「何かの行事で大きな鍋を使ってこれで料理を作るんだよ、きっと」と話していた気がしたのですが、それは違ったみたいです。
近寄ってよく見てみると、5円、10円、100円など、お金がたくさん挟まっていました。
個人的な推測ですが、多分、誰かが始めにお金を埋めこんで、それを見た人が真似ていって、こんな感じになったんじゃないかなぁと思いました。
よく池とかに小銭が入っていると、入れたくなる心境と同じですね。日本人的だと思いました。
最後に永平寺の中で通った道を確認しました。
とても広くて迷路のようにも感じられたので、ココは通った、ココは通っていない、みたいなことを話しました。始めに確認してから見学すべきでしたね(笑)。
その後、午後のWordBench福井に参加するため、車でまた福井市内に戻りました。続く。
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